横浜地方裁判所 平成6年(ワ)2983号 判決 1997年12月26日
原告
甲野太郎
同
甲野花子
右両名訴訟代理人弁護士
櫛田泰彦
同
桜井健夫
被告
鎌倉市
右代表者市長
竹内謙
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
右指定代理人
鈴木泉
外一一名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各金七五〇〇万円及びこれに対する平成六年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 担保を条件とする仮執行の免脱宣言
第二 原告らの請求原因
一 前提事実
1 別紙物件目録一ないし四記載の各土地(以下、同目録の番号に従い、同目録一記載の土地を「本件一土地」のように略称し、右四筆の土地を一括して「本件土地」という。)は、別紙図面一の赤枠で囲まれた部分に相当し、もとA(以下Aという)らが所有していた。本件土地のうち、本件一、二各土地については、右各土地を要役地とし、社会福祉法人B保育園(以下「B保育園」という。)が所有する同目録七記載の土地(以下「本件七土地」という。)を承役地とする通行地役権が設定され、本件二土地については、そのほかに、右土地を要役地とし、同じくB保育園が所有する同目録五記載の土地(以下「本件五土地」という。)及び同目録六記載の土地(以下「本件六土地」という。)を承役地とする通行地役権が設定され、いずれも昭和五五年八月一四日に設定登記が経由されていた。
2 原告ら夫婦は、昭和六二年三月一一日、Aらから本件土地を代金二億八〇〇〇万円で買い受け、同年六月二日、その旨所有権移転登記を経由した。そして、原告らは、本件土地のうち、五〇〇平方メートル未満の敷地上に自己居住用の木造二階建住宅を建築することを計画し、平成元年一月二四日、被告の建築主事の建築確認を受けた上、同年四月ころ建築工事に着工し、平成二年四月二六日、別紙物件目録八記載の建物(以下「本件建物」という。)を完成してその引渡を受けた。
3 本件土地は、都市計画法上の市街化区域内にあるが、これについて開発行為をしようとする場合であっても、その規模が五〇〇平方メートル未満であるときは、同法二九条、八六条による鎌倉市長の許可は要しないことはもとより、建築物の周囲に広い空地があるなど、これと同様の状況にある場合で安全上支障がないときを除き、建築物の敷地は道路に二メートル以上接していることを要するとの建築基準法四三条一項所定の要件(以下「接道要件」という。)も充足していた。さらに、本件土地は、宅地造成等規制法の宅地造成工事規制区域に指定されているが、右土地に存在した擁壁は既存のもので全く安全性に問題がなく、新たに擁壁を築造する必要もなかった。
二 被告の職員による行政指導の経過
1 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、昭和六二年八月一〇日、原告らが本件建物の設計、建築確認申請等を依頼していた一級建築士C(以下「C建築士」という。)と同道して被告の建築指導課に赴き、建築敷地が五〇〇平方メートルを超えないことが具体的に記載された配置図、建築設計図等の資料とともに建築確認の申請書を提出したところ、同課職員から開発指導課へ相談に行くように指導され、開発指導課からは、開発行為逃れの計画であるとして現況測量図の提出を指示された。原告太郎は、右指示に従い、同年九月三日、C建築士とともに現況測量図を開発指導課に提出したが、同課の審査係主事D(以下「D主事」という。)から、敷地と公道との境界に境界石を入れるよう指示されたので、これにも従った。
2 その後、D主事は、本件七土地の北側に並行して接する道(別紙図面一の赤色で着色された土地。以下「南側公道」という。)は公道ではないから建物は建築できない。承役地である本件七土地と要役地である本件一、二各土地の間に公有地があって両土地は接していないので南側公道を払下げてもらうしかないと示唆したが、同年九月九日ころには、南側公道の払下げはできない、開発行為をしないと建物は建築できないと説明した。また、開発指導課の審査係長E(以下「E係長」という。)は、南側公道を「市道」と呼称する原告太郎に対して、南側公道は単なる畦畔であり、南側公道と本件七土地を合わせて幅員が四メートルあったとしても建築基準法上の道路ではないから、開発行為をしなければ建物は建築できない旨説明した。さらに、本件建築計画の敷地が二筆にまたがっており、そのような建築は土地の区画形質の変更に当たるから、開発行為の対象になると述べ、開発指導課の指導としては、原告らにおいて本件七土地を買収し、被告の指導に基づいて道路を整備した上、これを被告に移管するか、畑になっている本件七土地の地目を地主に相談して公衆用道路に変更してもらうかのいずれかである旨述べた。
3 原告太郎が、同年一〇月一七日、D主事に対して、右二点の指導内容の実現が不可能であるので開発行為を要せずに建築確認申請を受理してほしい旨依頼すると、同人は、本件七土地の路面の南側に側溝を入れ、堆積した土砂を除去して道路の体裁を整える工事を行うこととし、それについてB保育園の同意を得てもらいたいと指導した。しかし、B保育園の同意を得られないため、同年一一月二日、被告との折衝に関して原告らの依頼を受けた一級建築士F(以下「F建築士」という。)と原告太郎がD主事に対し計画図面を渡すと、同人は、側溝が片側だけではだめであると言い、道路の中央の本件七土地との境界に排水溝を設置できるはずであるとのF建築士の反論に対しては、一応検討はするがその前に被告の都市計画、風致、道路、土木管理等各課から必要書類を取り寄せてもらいたいと述べた。右同日、被告の都市計画課の担当者から、南側の道がだめならば北側の承役地である本件五、六各土地を敷地延長でやれば開発行為を要しないでやれる、本件五、六各土地が接している道路が建築基準法四二条二項にいう道路(以下「二項道路」という。)であるかは建築指導課が把握していると助言した。同日中に、D主事と被告の都市計画課の担当者は、原告らに対し、北側の承役地と接する道(別紙図面一の青色に着色された土地の内の北側部分。以下「北側道路」という。)は二項道路であるから、これを利用した計画図面を提出し、その際、高低差図も添付するよう指示をした。
4 同年一一月九日、原告太郎が右指導に従って開発指導課に北側公道に接する配置図を提出すると、開発指導課から、なお本件一土地を本件二土地の二筆全体の高低差図を提出することなどを求められ、同年一一月一六日、原告らがこれをD主事に提出したところ、同人は、検討の上後日連絡する旨回答した。同年一一月三〇日、D主事は、開発指導課の上層部はこの計画でよいから開発してもらいたいと言っているが、それには北側公道の本件土地の反対側の端から本件五、六各土地側へ四メートル以内の土地について、工事中に本件五、六各土地の所有者から妨害されないように工事期間中だけ本件五、六各土地を被告に移管するというB保育園の同意書を提出する必要があると述べた。原告らは、他人を介するなどしてB保育園の同意を得ようと努力したが実現しなかったため、昭和六三年一月一四日、原告太郎が、開発指導課に対し、その旨報告したところ、E係長は、B保育園の責任者に直接会った上で返事を持って来てもらいたいと回答した。同年二月一〇日、原告らがB保育園から同意書を徴することができないことを開発指導課に伝えると、E係長は、それでは建物は建築できない旨述べた。
5 ところが、E係長は、昭和六三年二月一九日、原告らに対し、なぜか、開発行為を要しないで着工してよいことになった旨告げ、同月二三日には、この件について、開発指導課は手を引くので、今後は建築指導課の指導に従ってやってもらいたいと述べた。建築指導課の審査第一係長G(以下「G係長」という。)は、建築基準法四三条ただし書によって本件七土地及び南側公道を道路とみなして認めるが、本件七土地と南側公道の一部に堆積している土砂を除去して砂利敷工事を終えた後に確認申請を受理する、ガス、水道、下水道工事は、原則には反するが砂利敷工事と同時進行してよいと述べた。原告らは、同年三月一八日、本件七土地及び南側公道の砂利敷舗装及びU字型側溝蓋の設置工事につき承認申請書を提出したが、担当者からできるだけ承役地の所有者の同意を得てから着工するよう指導され、B保育園の同意を得ようと努力したが実現しなかったものの、同年四月二〇日、被告の土木管理課から工事施行の承認を得、同年五月一三日に着工し、同年五月二一日には検査を終了した。
6 同年七月四日、原告らが、H建設株式会社(以下H建設」という。)の担当者を同道し、G係長に対して建築確認の申請書を提出しようとすると、開発指導課に先に行ってもらいたいと言われ、E係長からは、本件七土地と南側公道は原告らの方で道路位置指定を取得するという条件で確認申請を受理するはずであったなどと、従前の指導にはない新たな条件を付加したため、原告太郎がこれに抗議し、E係長は前言を撤回した。原告らは、同年八月八日、擁壁工事に関する宅地造成の許可申請を行い、同年九月七日に右許可を受けたので、同年一〇月四日、工事用車両の出入りのために進入路付近の水路に蓋をかけたい旨被告の下水道総務課に要望し、同年一〇月一一日に水路の一時占用許可申請書を提出したが、必要もないのに渇水期まで待つように指導され、同年一一月にようやく擁壁工事に着工し、同年一二月二〇日の工事完了検査を経て、同年一二月二三日、被告の開発指導課から検査済証の交付を受けた。そして、平成元年一月一八日に至り、原告が、再度、建築確認の申請書を提出し、同年一月二四日に被告の建築主事の建築確認を受けた上、同年四月三日、本件建物の建築工事に着工し、平成二年四月二六日に完成してその引渡を受けた。
三 被告の責任原因
1 被告の職員は、昭和六二年八月一〇日、原告らが提出した本件建物の建築確認の申請書を受理したのであるから、被告の建築主事が建築基準法六条三項所定の七日以内に建築確認をし、その旨原告らに通知していれば、これを受けてC建築士が直ちに詳細な設計図書を作成し、原告らがこれを基に建設会社に見積りをさせた上、遅くとも同年九月下旬ころには着工できたはずである。ところが、実際の着工は一年六か月後の平成元年四月三日まで遅延したため、原告らが損害を被ったものであるから、被告の職員が故意又は過失により職務上違法な行為をしたものとして、被告は、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負う。
2 仮に、昭和六二年八月一〇日の時点で建築確認の申請書が受理されたとはいえないとしても、被告の職員は、原告らが当初から五〇〇平方メートル未満の敷地上に自己居住用の一戸建住居を建築する計画を有しているのに、申請書を受理しないまま建築確認申請に対する審査及び応答を留保して、擁壁工事の完了検査を終了した昭和六三年一二月二〇日までの間、原告らに対し、以下のとおり、開発行為、接道要件及び擁壁に関する不必要かつ違法な行政指導をした結果、本件建物の着工を一年六か月間遅延させ、原告らに損害を被らせたものであるから、被告の職員が故意又は過失により職務上違法な行為をしたものとして、被告は、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を免れない。
(一) 原告らの本件建物の建築計画は、当初から五〇〇平方メートル未満の敷地上に土地の造成を行わずに自己居住用の一戸建住居を建築する計画であって、土地の区画形質の変更はないから、そもそも都市計画法にいう開発行為には当たらない上、その規模の点からみても開発行為の許可(以下「開発許可」という。)が不要なことが明白な場合であり、開発指導課に相談することを勧めることや開発指導課での開発許可を念頭に置いた指導は不必要であって、そのようなことをしなくても建築確認が当然可能であった。本件建物の敷地として想定された本件一、二各土地については、山林から宅地への地目変更は伴うものの、地目変更のみでは土地の区画形質の変更には該当しない。なお、被告の職員が鎌倉市開発事業指導要綱(昭和五七年四月一日告示第七号)を指導の根拠としたのであれば、同要綱四六条一項一号は自己居住用住宅を適用除外と定めているのであるから、本件建築計画に関する開発行為についての指導は明らかに不要である。仮に、これが指導の根拠とされていないとしても、右要綱において自己住居用住宅が適用除外とされたのは、このような建物の建築は開発行為に当たらないとの趣旨に出るものであるから、その趣旨を尊重し、自己居住用住宅の建築について開発許可は不要と判断されるべきである。原告らは、被告の職員に対し、開発許可にかからない方法で行いたいと考えていると明確に伝えていたから、その指導を拒否する趣旨が伝達されていたはずである。このように、本件建物の建築に当たって開発許可及びその取得を前提とする指導は明らかに必要がないのに、被告の職員は、このことを知りながら、あえて不必要な指導を行い、原告らの建築確認申請を受理しなかった。
(二) また、被告の開発指導課の職員が開発許可に関してした指導は、所掌事務の範囲を逸脱した違法であり、接道要件に関する指導も建築指導課の所掌事務であって、開発指導課のそれではないから、開発指導課の職員が接道要件に関する指導を行ったことは、所掌事務の範囲外の行為であるから、その意味でも被告の職員の行政指導は違法であることを免れない。なお、平成六年一〇月一日に施行された行政手続法三二条一項では、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の所掌事務の範囲を逸脱してはならない旨定めているが、その趣旨は、同法施行前の本件のような行政指導の場合にも妥当する。
(三) 本件建物の建築計画は、当初から建築基準法四三条一項ただし書が適用できる計画として接道要件を充足しており、現に同条項によって建築確認がされたのであるから、この点に関する指導は不要であり、違法な指導であったことは明らかである。また、右(二)の趣旨からすれば、被告の開発指導課の職員が接道要件に関する指導を行ったことは、そのこと自体、所掌事務の範囲を逸脱した違法な指導というべきである。
(四) 本件土地に存在した擁壁は既存のもので全く安全性に問題がなく、新たに擁壁を築造することは不要であったにもかかわらず、被告の職員は、原告らに対し、新たな擁壁を造らせるよう指導をし、これを受け入れなければ建築確認を得ることができないと原告らに思わせ、擁壁の新築に応じさせたものであり、違法な行政指導である。なお、昭和六二年一一月三〇日に被告の職員が原告太郎及びF建築士に対して既存擁壁のやり直しの可能性を説明した旨の内部文書(乙六)は、同日作成されたものではなく後に書かれたものである。
3 仮に、被告の職員の行政指導が違法、不当であるとはいえないとしても、被告の建築指導課の職員は、昭和六二年二月二〇日、原告太郎が、本件土地を買い受けるのに先立ち、仲介業者である有限会社I不動産(以下「I不動産」という。)の代表取締役J(以下「J社長」という。)と同道して説明を求めた際、原告太郎に対し、住宅一戸なら本件土地上に問題なく建てられる旨回答した。それにもかかわらず、被告の職員が、一転して、前記のように行政指導を繰り返して建築確認を遅らせたことは、信義則ないし禁反言の法理に反する違法な職務行為というべきである。ある特定の土地にそのまま自己居住用住宅を建築できるか否かは法的には決定しているはずであるが、二項道路の判定や一般条項の判断等困難な要素があるので、具体的適用の結果は一般市民には正確に予想することができない。一般市民としては、被告の職員に質問して回答を得る方法により建築の可否を判断せざるを得ないのであり、そのような回答に対する信頼は法的保護に値するから(最高裁判所昭和五六年一月二七日第三小法廷判決・民集三五巻一号三五頁参照)、被告の職員の回答を信頼して土地を購入した後に様々な行政指導をして建築確認を遅らせたことは、信義則ないし禁反言の法理に反して許されない。
4 原告らは、平成元年三月ころまでの間に、K観光開発株式会社(以下「K観光」という。)に依頼して本件建物の建築のために本件土地の杭打測量を行ったが、右測量は、本来であれば建築業者が敷地設計図面に基づいて現場に杭打ちする簡単な作業であるのに、E係長が、本件建物の建築請負業者であるH建設の建築設計士に対し、図面と寸分でも狂いがあったら建築のやり直しを命ずるとして不当な圧力をかけて原告らが測量の専門家であるK観光に測量を依頼せざるを得ないようにした。
四 損害
1 建築工事費について
(一) 本件建物に関する損害
五四六〇万九七七三円
(1) 建築工事費の増加
二〇三二万五八九二円
建築確認が相当期間内にされていれば、坪当り五八万六〇〇〇円、総額四八五一万四九四〇円の工事費で本件建物の建築が可能であったのに、実際には六八八四万〇八三二円の工事費を要し、その差額二〇三二万五八九二円相当の損害を生じた(別表1)。
(2) 付帯設備費の増加
一四七七万七八一〇円
建築確認が相当期間内にされていれば、付帯設備の工事費は二三五三万五三七一円で足りたのに、実際には三八三一万三一八一円を要し、その差額一四七七万七八一〇円相当の損害を生じた(別表2)。
(3) ボーリング工事費用 二三万円
不必要かつ違法な行政指導により、本来取り壊す必要のない擁壁の工事を余儀なくされ、ボーリング工事費用として二三万円を要した(別表3)。
(4) 測量費用 三四万円
前記のようにE係長が、H建設の建築設計士に対し、不当な圧力をかけたため、特にK観光による杭打測量をすることになり、その費用途して三四万円を要した(別表3)。
(5) 擁壁取壊しと構築費用
一〇〇七万円
本件土地に存在した擁壁は既存のもので全く安全性に問題がなく、新たに擁壁を築造することは不要であったのに、不必要かつ違法な行政指導により、擁壁の取壊しと新設を余儀なくされ、その工事費用として一〇〇七万円を要した(別表3)。
(6) F建築士に対する宅地造成関係の設計報酬 三一七万八三九〇円
右擁壁の新設をはじめ、開発指導課の当初からの違法な行政指導による不必要な諸々の設計関係業務に対する報酬として、F建築士に対し三一七万八三九〇円を支払った(別表3)。
(7) C建築士に対する本件建物及び要町の建築予定建物の報酬三二五万円
建築確認の遅延のため、本件建物及び後記のとおり要町に建築予定の建物の設計報酬としてC建築士に支払った三二五万円はすべて無駄になった(別表3)。
(8) 材木の腐敗による損害
二四三万七六八一円
原告らは、土地の売買契約の成立後に材木を購入したが、建築確認の遅れにより蒸れと日照りの害に遭い、腐敗して使用不能になった(別表4)。
(二) 要町ビルの損害
九二四八万八二〇〇円
原告らは、本件建物の建築確認の申請をしていたころ、同時に、東京都豊島区要町三丁目の自己所有地上に賃貸用の鉄筋コンクリート造五階建ビル(以下「要町ビル」という。)の建築を計画していたが、被告の違法な行政指導によって本件建物の建築が不可能となり、要町ビルの右土地上に自宅建物を建築することを余儀なくされる事態をも想定して、要町ビルの工事を手控えた結果、その完成が当初予定していた昭和六三年五月から平成二年六月まで遅延し、次のとおりの損害を被った。
(1) 工事費の増大による損害
六〇七一万一〇〇〇円(別表1)。
(2) 工事遅延による得べかりし賃料収入等
三一七七万七二〇〇円(別表5)
2 借入金の増大による損害
二二六三万四〇〇〇円
建築確認の遅延によって工事費が増大し、平成元年九月五日に三〇〇〇万円(一時借入)、同年九月二八日に八〇〇〇万円の追加借入れを余儀なくされた。この借入金の増大により金利も増大し、別表6のとおり損害を被った。
3 慰謝料 二〇〇〇万円
原告らは、住宅一戸なら本件土地上に問題なく建てられる旨の被告の職員の回答を信頼して本件土地を購入し、建築計画を進めたにもかかわらず、被告の職員の不法行為により本件建物の建築が不可能になる事態を考慮しなければならなくなり、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被ったところ、これを慰謝するには原告らにつき各一〇〇〇万円を下らない。
4 以上の損害合計
一億八九七三万一九七三円
五 結語
よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害のうち、各七五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成六年九月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求原因に対する認否
一 請求原因一について
1 同1の事実のうち、原告ら主張の土地についてその主張の地役権の設定登記がされていること、本件五ないし七各土地の所有名義人がB保育園であることは認めるが、その余は知らない。
2 同2の事実のうち、原告らが夫婦であること、本件土地について原告らがその主張のような所有権移転登記を経由したこと、原告らがその主張の日に建築確認を受けたことは認めるが、その余は知らない。
3 同3の事実は争う。
二 請求原因二について
1 同1の事実のうち、原告太郎が昭和六二年八月一〇日に被告の建築指導課に来庁し、同課の職員が開発指導課に相談するよう指導したこと、原告ら関係者が同年九月三日に開発指導課に来庁したことは認めるが、その余は否認する。
原告太郎は、昭和六二年八月一〇日、本件一土地上に建物を建築するため建築指導課に建築確認の事前相談のため赴いたところ、開発指導課に相談するように指示された。そこで、開発指導課のE係長は、原告太郎に対し、都市計画法上の開発行為の趣旨について説明し、また、今後来庁する際は、できれば都市計画法、建築基準法等の法規制を理解できる建築士等を同行するよう求めた。なお、本件一土地付近については、昭和六二年以前から様々な者が土地利用を図りたいとして建築指導課を訪れているが、当該土地一帯は一団の土地を成しており、建築計画が開発許可を要することになる五〇〇平方メートルを超えるおそれがあったため、同課の担当者は、必ず相談者に対して、まず開発許可を要するか否かにつき開発指導課の判断を求めるよう指導していた。また、同年九月三日に来庁した者は原告らの代理人であるC建築士であり、同人から別紙図面二記載の計画図面を示されたが、この計画には、(1) 建築敷地が南側公道に接してはいたが、建築指導課の判断によれば、右公道は建築基準法四二条所定の道路ではなく、同法上の接道要件を満たすには都市計画法に基づく道路の築造等、道路を確保する必要があると考えられ、(2) 敷地の設定は市街化区域内の山林の一部を利用して約四九八平方メートルの区画設定がされていたが、市街化区域内の残余の土地や全体の規模が明確になっていないという二つの問題点があった。そこで、E係長は、これらの点が明確にならないと都市計画法上の開発許可の要否を判断できないと考え、C建築士に対してその旨伝え、この点を判断するため、計画図面の他に原告ら所有土地の土地登記簿謄本、所有地全体の図面及び公図写し等を資料として提出するよう指導した。
2 同2の事実のうち、原告太郎が同年九月九日に被告の開発指導課に来庁したことは認めるが、その余は否認する。
右来庁の趣旨は、開発指導課の指導内容を直接聞きたいとのことであり、このため、E係長は、原告太郎に対し、C建築士に対してしたのと同様の説明をしたが、その際、接道要件の問題につき、南側公道を宅地の一部として取り込み、本件土地の西側にある建築基準法四二条所定の公道(別紙図面一の青色に着色された公道の内の西側部分。以下「西側公道」という。)に接する方法も考えられるが、この方法では南側公道の払下げを受ける必要があり、現実的には不可能と思われる旨併せて説明した。
3 同3の事実のうち、原告太郎が同年一〇月一七日に被告の開発指導課に来庁し、開発許可を要せずに建築確認申請を受理してほしいと述べたこと、原告ら関係者が同年一一月二日に開発指導課に図面を提出したことは認めるが、その余は否認する。
同年一〇月一七日の際には、前記のとおり原告らの建築計画が都市計画法上の開発行為に該当するか否か明らかでなかったため、原告の右要請には応じられないと回答したものであり、同年一一月二日には、F建築士が、建築計画図面、公図写し、土地登記簿謄本、原告ら所有の全体土地図を持参し、建築敷地の区画と道路の接道について二つの案を示し、E係長に相談を求めた。F建築士の示した計画案は、(1) 本件一土地及び本件二土地の一部、本件五、六各土地を建築敷地とし、北側公道に接するという計画で、計画面積を560.40平方メートルとするもの(別紙図面三記載のもの)、(2) 本件一土地及び本件二土地の一部を建築敷地とし、南側公道に接道するという計画で、計画面積を560.64平方メートルとするもの、(別紙図面四記載のもの)であった。E係長は、右二案を検討したところ、いずれも市街化区域内の地目が山林である土地を宅地にするという区画形質の変更があり、かつ、五〇〇平方メートルを超える区画で設定した敷地で計画されていることから、都市計画法二九条所定の開発許可が必要であるとF建築士に対し回答した。そして、(1)案では、B保育園所有の本件五、六各土地が計画区域に入っており、(2)案では、建築敷地が接道する南側公道が建築基準法四二条所定の道路ではないため、南側公道と隣接するB保育園所有の本件七土地を利用して新たに都市計画法に基づく道路等を設定する必要があり、いずれにしても開発許可には都市計画法上、B保育園の同意が必要となるため、E係長はF建築士に対しその旨説明した。
4 同4の事実うち、原告ら関係者が同年一一月一六日に開発指導課に対して図面を提出したこと、同年一一月三〇日に原告ら関係者が開発指導課に来庁したこと、原告らがその主張のB保育園の同意を得ようと努力したが実現しなかったため、昭和六三年一月一四日に開発指導課に対しその旨報告し、E係長が原告ら主張のような回答をしたこと、同年二月一〇日に原告ら関係者が開発指導課に来庁したことは認めるが、その余は否認する。
昭和六二年一一月上旬、F建築士が、B保育園の同意を得るべく努力したが実現できなかったので、前記(1)案を基本としてこれに修正を加え、北側公道に接道する新たな計画案((3)案)を提案したため、E係長は、具体的計画図面を作成して提出してほしいと答えた。同年一一月一六日には原告らから右(3)案による計画図面が提出されたが、これによると、計画面積を約四九八平方メートルに縮小した上、B保育園所有の本件五、六各土地を利用して北側公道に接道させるというものであった。そこで、開発指導課の職員は、F建築士に対し、提出された図面についての検討結果を後日連絡すると回答するとともに、同日以降、(3)案の検討を行い、概要、原告らの所有地は五〇〇平方メートルを超える一団の土地となっているが、原告らが計画面積を四九八平方メートルに限定し、残余の土地は当面建築敷地に使用する予定がないというのであれば、開発許可は不要として処理するという結論に達した。F建築士は、同年一一月三〇日に開発指導課に来庁した際には、(3)案の説明とともに、建築敷地北側から多量の雨水が流出しているので建築敷地外の南側隣接地に新たに排水施設を造る予定であるとの説明をした。E係長及びD主事は、(3)案についての結論を示す予定であったが、F建築士の説明する排水施設を加えると計画面積が五〇〇平方メートルを超えることになり、都市計画法上、開発許可を要することになるため、その旨原告太郎及びF建築士に説明した。また、既存擁壁が都市計画法上の開発許可及び宅地造成等規制法上の技術基準を満たしていない可能性があったため、E係長及びD主事はその旨説明し、状況によっては既存擁壁のやり直しの必要も出てくるとの説明もした。
昭和六三年二月一〇日に原告太郎が来庁した際、同人が、なぜ開発指導課と開発許可の手続について相談しなければならないのかと不満を述べたので、E係長は、再度都市計画法上の規制について説明した。また、右同日、F建築士が再度来庁し、B保育園の同意を得ることが困難であると報告したので、E係長は、そうであれば開発許可を要しない方法でやるしかない旨回答し、これに対してF建築士が、理詰めで解決しないと後で憂いを残すことになる、計画を縮小してもう一度練り直してみると答えたため、E係長は、開発指導課としても建築指導課と再度協議してみると伝えた。開発指導課は、同年二月一九日までの間、建築指導課との間で協議し、原告らから従前示されていた案では都市計画法上の開発許可を必要とするが、B保育園の同意が得られない以上許可の可能性はなく、原告らの土地利用が図れなくなるため、その救済措置について、一応次のような結論に達した。すなわち、(1) 計画面積が五〇〇平方メートル未満の造成であれば開発許可は不要との扱いをする、(2) 接道要件の点については、南側公道に沿って存在する私有地(本件七土地)を利用し、南側公道と本件七土地とを併せて幅員四メートルの道路形態の空地を原告が整備、確保し、かつ、将来的に原告太郎が右道路形態を建築基準法四二条所定の道路とする旨報告することを条件として、四三条一項ただし書の要件充足を建築主事において認定する、(3) 右道路形態の空地の確保は建築敷地の造成と併せて原告らが行い、空地部分は当該建築敷地には含まないものとする、(4) 当該計画地が宅地造成工事規制区域であるため、建築敷地の造成区域内に存する既存擁壁が同法の技術基準に適合していない場合は宅地造成工事の許可を得てこれをやり直し、もって建築敷地の安全性を確保する、というのがその結論である。
5 同5の事実のうち、原告らが昭和六三年三月一八日に本件七土地及び南側公道の砂利敷地舗装及びU字型側溝蓋の設置工事につき申請書を提出し、同年四月二〇日、被告の土木管理課から工事施行の承認を得、同年五月一三日に着工したことは認めるが、その余は否認する。
被告の職員は、同年二月一九日、前記の結論を伝えるため原告らに来庁を求め、同年二月二三日に右結論を原告らに伝達したものであって、原告ら主張のようなやり取りがあったわけではない。
6 同6の事実のうち、同年七月四日に原告太郎がG係長及びE係長と会ったこと、同年八月八日に原告らが擁壁工事に関する宅地造成の許可申請を行い、同年九月七日右許可を受けたこと、同年一〇月四日に原告らが水路に蓋をかけたいと被告の下水道総務課に要望し、同年一〇月一一日に水路の一時占用許可申請書を提出したこと、平成元年一月一八日に原告らが建築確認の申請書を提出し、同年一月二四日に被告の建築主事の建築確認を受けたことは認めるが、その余は否認する。
昭和六三年七月四日に原告太郎がH建設藤沢営業所の担当者と同道して来庁した趣旨は、道路形態の空地整備が完了したため、宅地造成工事の許可申請について相談したいというものであって、建築確認申請のためのものではなかった。
三 請求原因三について
1 同1の事実のうち、被告の職員が昭和六二年八月一〇日に原告らが提出した本件建物の建築確認の申請書を受理したことは否認し、その余は争う。
原告太郎は、右同日、本件一土地に建物を建築するため建築指導課へ建築確認の事前相談に赴き、開発指導課に相談するように指示され、都市計画法上の開発行為に当たるか否か疑義があったため、その判断に必要な資料の提出を求められたにすぎない。
2 同2の事実は争う。
原告太郎の右来庁後、原告らから提示された計画案は、前記のとおり、いずれも都市計画法上の開発行為に当たるものであり、被告の担当職員がこれを前提に指導していたのも当然の対応である。そして、開発許可に必要とされる地権者の同意を得ることが不可能であると判明してからは、被告の担当職員は、何とか原告の土地利用が図れるよう救済案を検討して提示することまで行っているのであり、被告の職員の対応に違法と評価すべき点は全くない。原告ら主張の鎌倉市開発事業指導要綱は、本件行政指導とは一切関係がない。
3 同3の事実のうち、被告の建築指導課の職員が、昭和六二年二月二〇日、原告太郎に対し、その主張のような回答をしたことは否認し、その余は争う。
4 同4の事実は争う。
四 請求原因四について
同1ないし4の各事実は争う。
第四 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
理由
一 前提事実について
昭和五五年八月一四日に、本件一、二各土地を要役地とし、B保育園が所有名義人である本件七土地を承役地とする通行地役権の設定登記がされ、本件二土地については、そのほかに、本件二土地を要役地とし、同じくB保育園が所有名義人である本件五、六各土地を承役地とする通行地役権の設定登記が経由されていること、原告らが夫婦であり、昭和六二年六月二日、本件土地、すなわち、本件一ないし四各土地について所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。そして、右事実と証拠(甲四ないし一五、一六の1、原告太郎本人)を総合すれば、(一) 本件土地を所有していたAらと本件五ないし七各土地の所有者であるB保育園との間で、昭和五三年八月二四日に成立した訴訟上の和解により、当時分筆前の本件五ないし七各土地を右のとおり分筆した上、これらを承役地とし、本件一、二各土地を要役地として、Aら及び第三者の通行を目的とし、存続期間は右通行に必要な期間とする無償の通行地役権を設定する旨合意し、昭和五五年八月一四日に右の通り設定登記を経由したこと、(二) 本件土地は、土地登記簿上の地目及び固定資産課税上の現況地目の取扱いが山林ないし保安林であり、土地計画法上の市街化区域、建築基準法上の第一種住居専用地域、宅地造成等規制法上の宅地造成工事規制区域にそれぞれ指定され、また、本件一土地の南側部分は、別紙図面一記載のとおり、本件七土地との間に挟まる位置関係にある南側公道に接しているが、南側公道は、幅員が1.8メートルで、建築基準法四二条一項の行政庁の指定を受けておらず、二項道路には当たらない公道であること、(三) 原告らは、昭和六二年三月一一日、Aらから本件土地を代金二億八〇〇〇万円で買い受け、同年六月二日、その旨所有権移転登記を経由したが、本件土地の一部に自己居住用の木造二階建住宅を建築することを計画し、平成元年一月二四日に被告の建築主事の建築確認を受けた上、同年四月ころ建築工事に着工し、平成二年三月ころ本件建物を完成して同年三月二七日に所有権保存登記を了し、同年四月二六日その引渡を受けたことが認められる。
二 被告の職員による行政指導の経過について
原告太郎が昭和六二年八月一〇日に被告の建築指導課に赴き、同課の職員から開発指導課に相談するよう指導を受けたこと、原告ら関係者が同年九月三日、同年九月九日、同年一〇月一七日、同年一一月二日、同年一一月上旬、同年一一月一六日、同年一一月三〇日、昭和六三年二月一〇日及び同年二月二三日に開発指導課に赴いたこと、原告太郎が昭和六二年一〇月一七日に開発指導課に対し開発許可を要せずに建築確認申請を受理してほしいと述べたこと、原告ら関係者が昭和六二年九月三日、同年一一月二日及び同年一一月一六日に開発指導課の職員に対し図面を提出したこと、原告らがその主張のB保育園の同意を得ようと努力したが実現しなかったため、昭和六三年一月一四日に開発指導課に対しその旨報告し、E係長が原告ら主張のような回答をしたこと、同年三月一八日に原告らが本件七土地及び南側公道の砂利敷舗装及びU字側溝蓋の設置工事の承認申請書を提出し、同年四月二〇日、被告の土木管理課から工事施行の承認を得、同年五月一三日に着工したこと、同年七月四日に原告太郎がG係長及びE係長と会ったこと、同年八月八日に原告らが擁壁工事に関する宅地造成の許可申請を行い、同年九月七日右許可を受けたこと、同年一〇月四日に原告らが水路に蓋をかけたいと被告の下水道総務課に要望し、同年一〇月一一日に水路の一時占用許可申請書を提出したこと、平成元年一月一八日に原告らが建築確認の申請書を提出し、同年一月二四日に被告の建築主事の建築確認を受けたことは、当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実と証拠(甲二、三の1ないし13、七ないし一一、四五ないし四九、五〇の1ないし3、五一ないし五五、五九、六〇、六六の1、2、六八の1、乙一ないし七、一五、一六の1、2、一七ないし一九、二〇の1、2、二一、二二の1ないし5、二三、二四の1、2、二五、二六の1ないし3、二八、二九、証人C、F、D、J、原告太郎本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1(一) 原告らは、自己居住用建物を建築する目的で本件土地を買い受けることとし、昭和六二年二月二〇日、原告太郎において、I不動産のJ社長と同道して被告の建築指導課に相談した後、同年三月一一日、本件土地を買い受け、そのころ、C建築士に対して本件建物の設計及び建築確認の申請事務等を委任し、同年六月二日、本件土地について、持分二分の一の共有名義の所有権移転登記を経由した。
(二) 同年八月一〇日、原告太郎がC建築士と同道して、本件建物の建築確認申請のために建築指導課に赴き、C建築士が作成した一戸建て建物の建築確認の申請書類(建築確認申請書、建築概要書、案内図、配置図、各階平面図、立面図等)を提出したい旨申し出た。これに対し、同課の職員は、本件土地付近が一団の広い土地で地目が山林ないし保安林であり、右土地上の建物建築計画については都市計画法上の開発許可が必要とされる可能性があると判断し、その場合には、建設省令により、建築確認申請の際に都市計画法二九条の規制に適合していることを証する書面の添付を要することとなるため、建築確認の申請書を受理しないまま、右証明書の要否等を開発指導課に相談するよう指示した。そこで、C建築士と原告太郎は、開発指導課に相談に行ったが、開発指導課の職員は、本件一土地等については過去に何件か建築の事前相談を受けたことがり、右土地が建築基準法上の二項道路ではない南側公道にしか接しておらず、二〇年ほど前に無許可で擁壁工事が行われた土地であることなどの職務上の知識を有していたため、地目が山林ないし保安林である右土地については、原告らの具体的な建築計画の全容が明らかにされない限り、開発許可の要否は判断できないと考え、その趣旨を説明して原告ら所有土地全体の状況が分かるような現況測量図を提出するように指示した。
(三) C建築士は、本件一土地が建築基準法上の道路に接していないため、申請書類には修正すべき点のあることは認識しており、指摘された問題点についての具体的解決案を持っていなかったので、右指示に従い、I不動産に右図面の作成を依頼した。
2(一) 同年九月三日、C建築士は、原告太郎とともに開発指導課に赴き、I不動産の作成した現況測量図のほか、敷地面積を497.985平方メートルと記載し、進入路を南側公道につなげている別紙図面二記載の配置図を提出し、本件建物の建築計画について説明した。応対したD主事とE係長は、右説明から、原告らが本件一土地以外にも付近一帯に土地を所有し、そのうちの一部を建築敷地として敷地設定したことを知り、近い将来、残余の土地について再度造成等が行われれば、開発許可の制度を潜脱する可能性があると判断した。また、右配置図記載の計画敷地が建築基準法上の道路に接していないことから、都市計画法上の道路を造るなどして建築基準法上の接道要件を充足する方策をとらなければ建物は建築できないと考え、その旨C建築士に伝えた。
(二) 同年九月九日に原告太郎が単独で開発指導課を訪れ、同課の説明を求めたので、E係長は、原告太郎に対し、念のため、同年九月三日にしたのと同様の説明をした上、南側公道を建築敷地に入れて西側公道に接するようにすれば接道要件の問題は解決し、建築は可能であるが、南側公道を建築敷地にするには、原告が南側公道の払下げを受けなければならなくなるので現実には無理であると説明した。
(三) 同年九月三日以降一〇月七日までの間に、C建築士は、原告太郎とは別に、開発指導課のD主事に電話で何度か相談をし、その都度、D主事から、C建築士の前記計画上の南側公道と南側公道から建築敷地への進入路(建築敷地の一部)の境界点に区画を明確にするための杭を入れること、建築基準法上の道路とする可能性を作出するために南側道路の幅員を四メートルに拡幅し、側溝を整備すること、原告らの建築が開発許可を必要とする場合には関係する土地の権利者の三分の二の同意が必要とされることから、本件七土地の権利者であるB保育園の同意書を徴することなどの助言を受けた。
(四) 同年一〇月七日に開発指導課を訪れたC建築士は、B保育園の同意書を得るように再度助言を受けたため、I不動産に対してB保育園との交渉を依頼した。
3(一) 同年一〇月三〇日ころ、原告らは、C建築士から紹介されたF建築士に被告との交渉事務を引き継がせることとし、C建築士は、F建築士に事務引継ぎの上、原告らとの委任契約を解消したが、その際、原告太郎とともに、F建築士に対し、南側公道と本件七土地を利用して接道要件を満たすという計画で進めるよう依頼した。もっとも、F建築士は、土地境界査定図、公図写し、高低差図の引継は受けたが、建築確認申請書等の引継はなく、その存在の有無についても説明を受けず、原告らから被告に対する正確な提出書類等を把握していなかったので、C建築士らからの前記依頼に従い、建築基準法上の道路ではない南側公道を利用する案でも接道要件の問題は解消し、本件一、二各土地に建物を建築することができると判断した。
(二) 同年一一月二日、F建築士は、開発指導課及び都市調整課に赴き、本件建築計画が開発許可を要する場合には本件七土地等の所有者であるB保育園が開発行為に関して都市計画法上の道路の管理者となる可能性があるため同法三二条所定の協議を取りまとめる必要があること、調整区域の境界を明確にさせること、道路の問題は開発指導課で相談することなどの説明を受けたが、右協議の趣旨を正確には理解することができず、この点について被告の職員に説明を求めることもしなかった。F建築士は、開発指導課のD主事に対し、別紙図面三及び別紙図面四記載の各計画案を示し、この二案が原告らの計画案である旨説明した。これに対して、D主事は、地目変更を伴い、計画面積が五〇〇平方メートルを超えるので開発許可が必要とされる可能性があること、その場合には都市計画法三三条一項一四号により当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ることが必要であり、本件ではB保育園の同意が必要であると説明した。
4(一) 同年一一月九日、F建築士は建築計画の修正のために開発指導課に赴き、D主事から、別紙図面三記載の南側公道と本件七土地を利用して建築基準法四二条の接道要件を充足する案では南側公道と本件七土地を整備して四メートルの道路幅を取る必要があるが、神奈川県開発許可事務処理要領に従い、道路の側溝の部分は道路幅員に含めない扱いになっているので、側溝の内法から道路幅を測る必要があること、F建築士の右計画では側溝の幅も入れて四メートル取っているので都市計画法所定の四メートルの道路幅に足りず、接道要件を充足しないことなどを助言され、本件土地の北側公道に接する方向で再考することにした。右同日、D主事は、念のため右公道が建築基準法上の公道であるかを確認するべく、F建築士に対し、その点を確認するように指示し、これを受けて、F建築士は、被告の土木課で境界査定図を取得した上、建築指導課から右北側公道は二項道路に準ずる道路であるとの回答を得た。
(二) 同年一一月一六日、F建築士は、開発指導課に対し、計画面積を五〇〇平方メートル未満とし、北側公道に接する計画の別紙図面記載の計画案を含めた実測図、高低差図、断面図等を提出して、右計画と本件一土地付近では排水すべき水量が多いという状況を説明し、開発指導課の職員からは右計画を内部で検討してからF建築士に連絡するとの回答を得た。
(三) 同日以降、開発指導課の内部で打合せが行われ、原告ら所有の土地は一団の土地になっていて宅地化できる部分が広く、計画案にある五〇〇平方メートル未満の土地以外の残余の土地について近い将来宅地化することになると開発許可の制度の趣旨を潜脱するという問題があるから、開発許可を得ることを勧めてみること、原告らがどうしても開発許可を要しないで建築を行いたいと申し出た場合には、近い将来残余の土地を宅地化する予定がないことを確認した上、開発許可は要しないことで処理するとの結論に達した。
(四) 同年一一月二四日及び二五日には、D主事からF建築士に対し、電話で敷地の取り方に関してのやり取りがされ、同月三〇日に被告の内部で打合せ予定であることが伝達された。このころF建築士は、擁壁の強度等について意識し、本件土地が雨水が浸透しやすい土質でないことや本件土地の既存の排水設備であるU字溝が陥没したりして水が流れる状態でなかったことなどから擁壁の強度に関連して排水設備の十分な修理が必要ではないかと考えていた。
(五) 同年一一月三〇日、F建築士と原告太郎が開発指導課を訪れると、D主事及びE係長は、一応開発行為ということで計画を進めてみないかと勧めたが、原告らは、F建築士の前記計画案で進めることとし、本件建物の敷地北側から多量の水が流出しているので排水設備が必要である旨回答した。これに対し、D主事らは、右の説明によれば、排水設備についても本件建物建築敷地に含めて考えなければならず、そうなると建築敷地が五〇〇平方メートル以上になるので開発許可が必要になり、その場合には、都市計画法三三条一項一四号により上記計画区域内の本件五、六各土地の所有者であるB保育園の同意が必要である旨説明した。また、D主事らは、このように開発行為で他人所有の土地を開発区域内とする場合には、同法四〇条二項に従い、公共施設の管理者である被告との協議の中で道路部分となる土地を被告に帰属させることになるのが通常であるが、本件では、そこまでできなくとも、北側について北側公道の原告ら所有地の反対側の端から本件五、六各土地側へ四メートルの区域まで道路の形態にし、分筆して公衆用道路に地目変更してほしいとの意向を示し、F建築士は、B保育園の同意を得る努力をする旨答えた、その際、D主事らは、計画区域内の既存擁壁は二〇年ほど前に無許可で造られたものであるので状態によっては擁壁の新規造成が必要となる可能性があることも告げた。
5(一) その後、F建築士は、E係長から指導されるまま、開発行為の施行等の同意書の用紙を渡され、B保育園の同意を得るべく努力したが、昭和六三年一月一四日、原告太郎は、開発指導課に対し、知人からB保育園の同意は得られないとの連絡があったとの報告をした。同課の職員は、右報告が第三者からの伝聞であることから、原告太郎自身が直接B保育園の責任者に会って同意が得られないのかどうかを確かめるように勧めた。
(二) 同年二月一〇日の午前中、開発指導課を訪れた原告太郎から建築計画が進まないことについて不満を述べられたE係長は、B保育園の同意がなければ開発行為はできないとして都市計画法上の規制について説明した。同日の午後、F建築士が再び開発指導課を訪れ、B保育園の同意が得られないとの再度の報告をしたため、E係長は、それなら他の方法でやるしかない、現在考えられる可能性としては南側公道を使って建築確認申請をすることであるが、建築基準法上の接道要件を満たしながら開発行為を要しない方法はないかどうか建築指導課と打合せをし、一週間以内に連絡する旨回答した。
(三) 同日以降、開発指導課職員は、この案件について検討をし、同年二月一五日、建築指導課のG係長らとも協議を行った。その結果、ア 建築基準法四三条一項ただし書は、建築物の周囲に広い空地がある場合の規定であって、本件のような場合に当然適用される条項ではないが、南側公道を本件七土地を利用して拡幅し、幅員四メートル以上の道路状の形態の空地を造ってもらい、それで同条ただし書に該当するものとして接道要件の問題を解決し、イ 右道路状の部分は建築のために道路状の形態にするのであるから、これを計画区域から除外して考えるのは本来妥当ではないが、救済措置として計画面積が五〇〇平方メートルを超えないように右申請面積を道路状の部分を含まない面積と考えて開発許可を不要扱いとする、ウ 擁壁については基準に合わなければ宅地造成の許可を得てやり直してもらう、との結論に達し、同年二月二三日、これをF建築士に伝達した。
(四) 同年三月一八日、原告らは、右の検討結果に従い、南側公道と本件七土地を道路形態の空地として整備するための砂利敷舗装及びU字側溝蓋の設置を目的として道路承認工事施行申請書を提出し、同年四月二〇日にその承認を得た。右申請書の提出の際、F建築士に対し、被告の土木課職員から右工事について本件七土地の所有者であるB保育園に申し入れてできるだけ右工事に関する同意を得てから着工してほしいとの要望がされた。そこで原告太郎及びF建築士は、近隣と円満に建築計画を進めたいと考え、B保育園の同意を得ようとこれに働き掛けたが、結局、目的を果たせず、同意が得られないまま、同年五月一三日に右工事を着工し、その後、被告の土木管理課において工事に関連して右空地部分付近に雨水桝を設置することを相談し、工期延期申請等について助言を受け、同年六月三日、工事目的を砂利敷舗装及び雨水桝の敷設替えとし、工期を六二日間に変更する許可申請をして、同年六月九日に承認を得た。
(五) 同年七月六日及び同年七月二三日にF建築士が行った区域内の擁壁の調査(同人が必要と考えて行ったボーリング調査を含む。)の結果によれば、敷地西側の既存擁壁の裏込には上部擁壁(新入路上部の擁壁)まで泥岩が使用されており、擁壁の厚み等は問題ないものの、上部擁壁は高さ四メートルでクラックやたわみがあって危険なため、地盤によっては杭打ちまで考えながらやり直す必要があると判断された。また、下部擁壁(進入路下部の擁壁)については上部擁壁を崩して新設する際に通路状部分(進入路)に雨水が浸透しないように表面をアスファルト舗装し、新設の上部擁壁側に雨水を集水して流すU字溝を設置することにより、既存の株式会社擁壁の安全が確保できると判断された。そこで、F建築士は、擁壁工事が必要であると考えたが、被告の職員に対し、できれば擁壁工事に関して工作物設置の申請として取り扱ってほしいと要望したところ、宅地造成工事規制区域内の工事であるところから右のような取り扱いはできないとの回答に接したため、同年八月八日、F建築士が原告らに代わって擁壁工事に関する宅地造成の工事許可申請を行い、同年九月七日にその許可を得た。
(六) 原告らは、同年一〇月四日、被告の下水道総務課に対して擁壁工事用の車両の出入りのために水路に鉄板の蓋をかけたいとの意向を示し、同年一〇月一一日水路の一時占用許可申請書を提出し、同年一〇月二六日にその許可を得て鉄板敷工事をした後、同年一一月七日から擁壁工事に着工し、同年一二月二〇日宅地造成工事完了検査を終えた。
6 平成元年一月一八日、原告らが本件建物に関する建築確認申請書を提出し、同年一月二四日に被告の建築主事の建築確認を受けた上、同年四月ころ建築工事に着工し、平成二年三月ころ本件建物を完成して同年三月二七日に所有権保存登記を了し、同年四月二六日その引渡を受けた。なお、右建築確認までの過程において、原告太郎は、被告の職員から受けた種々の法規制についての説明を十分理解できなかったが、自ら納得できるまでC建築士やF建築士、さらに被告の職員等に質問したり、調査したりすることはなく、両建築士が被告の職員の助言、回答等に従って行動していることについて格別抗議することもなかった。
三 前提となる法的規制とその運用状況
1 開発行為について
都市計画法二九条一項は、市街化区域内において開発行為、すなわち、主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をしようとする者は、一定の場合を除き、あらかじめ、建設省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならないとし、開発行為の規模が政令で定める規模未満である場合を除外例の一つとして定め、これを承けて、都市計画法施行令一九条一項は、右規模を原則一〇〇〇平方メートル未満とし、都道府県知事は、三〇〇平方メートル以上一〇〇〇平方メートル未満の範囲内で、その規模を別に定めることができると定めているところ、証拠(乙一〇の1ないし3)によれば、神奈川県知事は、市街化区域内において行う開発行為で、その規模が五〇〇平方メートル未満であるものについては、知事の許可を要しないと定め、鎌倉市の区域内において行われる開発行為等の規制に関する知事の権限を鎌倉市長に委任していることが認められる(昭和四五年神奈川県規則第六二号、昭和四九年同規則第一一号、昭和五七年同規則第一三号)。
また、本件当時の建築基準法施行規則一条七項(現行規則一条八項)は、都市計画法二九条の規制に該当する場合には、同条ただし書による都道府県知事が定めた規模以上の規模の建築計画については同条の規制に適合していることを証する書面を建築確認の申請書に添付しなくてはならないと定めており、証拠(乙八、九、一一、証人D)によれば、建設省は、都道府県知事に対し、開発許可に関する事務の処理に当たっては、都市計画法二九条の規定に適合していることが建築確認の要件となることに伴い、開発許可担当部局と建築確認担当部局が緊密な連絡体制を確立して的確に事務処理を図るよう特に留意すべき旨通達するとともに、開発行為の該当性に関し、農地等宅地以外の土地を宅地とする場合は、原則として開発行為の規制の対象とするよう通達していたこと、被告の担当職員も、右通達に準拠して開発許可に関する事務を運用し、地目変更を伴う場合には、原則として区画形質の変更に該当するとして扱っていたこと、被告の管発指導課においては、道路を造る場合に都市計画法上の道路と認められるためには、道路の両側に側溝を造り、道路の幅は側溝の内法から測って四メートルを取ることが必要であると指導していたことが認められる。
さらに、都市計画法三三条一項一四号は、開発許可の基準の一つとして、開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者が存在する場合に必要とされる担当数の同意を得ていることを挙げているところ、証拠(乙九、証人D)によれば、建設省の通達により、相当数の同意とは、概ね権利者の三分の二以上の同意を指し、共有の土地については共有物ごとに民法二五二条の規定に基づき判断し、二人の共有土地と単独所有土地について開発行為が問題となっている場合には、共有土地については一権利者と考えるので権利者総数は二人となるとされていたこと、被告の担当職員も、右通達に準拠して、開発許可に関する事務を運用し、原告ら二名の共有に属する本件土地とB保育園の単独所有に属する本件五ないし七各土地を開発行為の計画区域とする場合には、B保育園の同意を得ることが必要であると判断していたことが認められる。
2 接道要件について
建築基準法四二条は、一項二号において、幅員四メートル以上の都市計画法上の道路を建築基準法上の道路と規定し、二項において、幅員四メートル未満の道が一定の要件を満たした場合に特定行政庁の指定により建築基準法上の道路とされる場合があることを定めており、右指定は、一般的には包括指定(基準指定)の場合と個別指定の場合があるが、弁論の全趣旨によれば、被告においては包括指定(基準指定)がされていることが認められる。また、同法四三条一項は、本文において、建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないと定めているが、ただし書において、建築物の周囲に広い空地があり、その他これと同様の状況にある場合で安全上支障がないときは、この限りでないと定めているところ、証拠(乙一二、一三)によると、右ただし書にいう「空地」に該当するか否かについて明確な基準を定めることは困難であるが、狭い農道や用水のようなものではなく、公共の公園、広場や山間部等で将来とも宅地化の見込みがないような土地における敷地等将来も空地であり続ける蓋然性が高く、かつ、ある程度の広さをもった土地を指し、また、「その他これと同様の状況にある場合」とは、家々が連たんしていない空地の多い郊外地等における場合で右空地がある場合と同視できるような場合であると解釈されていることが認められる。
3 擁壁について
建築基準法一九条四項は、建築物ががけ崩れ等による被害を承けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならないと規定し、宅地造成等規制法は、宅地造成工事規制区域内における宅地造成工事においては、造成主は、当該工事に着手する前に、建設省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならず(八条一項)、右工事は、政令で定める技術的基準に従い、擁壁又は排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害を防止するために必要な措置が講ぜられたものでなければならない(九条一項)と規定する。これを承け、宅地造成等規制法施行令は、技術基準について、切土又は盛土をした土地の部分に生ずる崖面は、擁壁で覆われなければならず(五条一項)、練積み造の擁壁の構造は、石材その他の組積材は控え長さを三〇センチメートル以上とし、コンクリートを用いて一体の擁壁とし、かつ、その背面に栗石、砂利又は砂利まじり砂で有効に裏込めすることとし、右方法によっても、がけの状況等によりはらみ出しその他の破壊のおそれがあるときは、適当な間隔に鉄筋コンクリート造の控え壁を設ける等必要な措置を講ずること(八条二号、三号)と定めている。
三 建築確認申請の受理を前提とする違法性について
原告らは、被告の職員が、昭和六二年八月一〇日、原告らの提出した本件建物の建築確認の申請書を受理したことを前提に、被告の建築主事が建築基準法六条三項所定の七日以内に建築確認をし、その旨原告らに通知していれば、遅くとも同年九月下旬ころには着工できたはずであるのに、実際の着工が一年六か月後の平成元年四月三日まで遅延した旨主張する。しかし、申請の受理とは、法令に基づき行政庁が諾否の応答義務を負う申請行為を有効なものとして受領することであるが、前記認定のとおり、原告らが昭和六二年八月一〇日に提出した申請書は、有効なものとして受理されておらず、このことは原告らの代理人として建築確認申請を行ったC建築士自身もその旨証言しているところであって、これに反する原告甲野太郎本人の供述部分は、同人の推測の域を出るものではない。そして、原告らは平成元年一月一八日に再度建築確認の申請を行い、その際昭和六二年八月一〇日提出の建築確認の申請書の措置について格別問題となった形跡も窺われないことにかんがみれば、右主張は、その前提において採用することができない。
四 建築確認申請の不受理と確認申請に対する審査及び応答を保留したことに関する違法性について
1 本件建築確認申請の不受理と確認申請に対する審査及び応答の留保について
原告らは、被告の職員が、原告らが当初から五〇〇平方メートル未満の敷地上に自己居住用の一戸建住居を建築する計画を有しているのに、申請書を受理しないまま建築確認申請に対する審査及び応答を留保して、擁壁工事の完了検査を終了した昭和六三年一二月二〇日までの間、原告らに対し、開発行為、接道要件及び擁壁に関する不必要かつ違法な行政指導を行い、本件建物の着工を一年六か月間遅延させて告らに損害を被らせ、故意又は過失により職務上違法な行為をした旨主張し、前記認定に照らせば、被告職員が昭和六二年八月一〇日以降右主張の昭和六三年一二月二〇日までの間、原告らに対してした助言、回答等は、建築確認申請についての事前相談に対する行政指導に当たるものということができる。
(一) ところで、右のように建築確認申請が受理されていない場合には、建築基準法六条三項、四項所定の建築主事の審査及び通知義務は生じないが、行政庁は、申請がその事務所に到達したときには遅滞なく当該申請の審査を開始し、法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請にいては、速やかに、申請者に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求めるか、又は当該申請により求められた許認可等を拒否すべき義務があり、平成六年一〇月一日に施行された行政手続法七条は右の趣旨を確認的に定めたものと解されるのであって、このことは当該申請が受理されたか否かにかからない。建築確認申請において、建築主事は、当該申請が建築士法三条から三条の三までの規定に適合し、建築基準法六条八項所定の確認申請様式を満たす場合には、正当な額の確認申請手数料を納付させ、その申請を受理すべきものであって、これを受理せず行政指導を行う裁量は原則として許容されていないと解すべきである。
(二) しかしながら、建築確認申請による建築主事の審査義務の発生後であっても、当該申請に係る行政指導の存在そのものが否定されるわけではなく、いかなる場合にも行政指導の存在が処分留保の理由とならないとまでは解することはできない。すなわち、普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその行政事務の一つとしており(地方自治法二条三項一号)、建築基準法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とし(一条)、都市計画法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的としている(一条)。これらの規定の趣旨・目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると近い将来良好な居住環境あるいは市街環境を損なうおそれがあるとの配慮から、当該地域の生活環境の維持、向上を図るため、建築主に対して所要の措置を採ることは、当然の責務であるといわなければならない。したがって、建築主事が、こうした行政目的を実現するため、建築主に対し、一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに従う態度を示している場合においては、社会通念上合理的と認められる期間、申請に係る建築計画に対する確認申請の受理をしないまま留保し、行政指導の結果に期待することがあったとしても、これをもって直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである(最判昭和六〇年七月一六日第三小法廷判決・民集三九巻五号九八九頁参照)。そして、社会通念上合理的な期間であるか否かについては、申請後の行政指導がなくても明らかに建築確認が得られた建築計画であるか、申請内容の補正方法を申請者自身が有し、指導内容を申請者が理解して申請内容の補正に生かすことができるなど行政指導により補正可能であると見られる場合であるかなどの諸事情を考慮し、時間をかけて行政指導をすることが申請者の利益となる可能性が高い場合には、相当長い期間であったも社会通念上合理的な期間であると考えるべきであるが、右のような要素が整わず、行政指導を行っても補正可能の余地が乏しく、申請者の利益となる可能性が低い場合には、この期間が相対的に短くなるというべきである。もっとも、建築確認申請を不受理のまま行政指導を継続することは、確認申請を受理した後に確認の留保をする場合に比して、建築基準法六条四項に定める申請者に対する通知などの明確な法令上の根拠を有する回答が全くないまま継続するために、一層確認の遅延を招きやすく、申請者の不利益が大きくなりやすいことから、申請者の任意の同意は明確なものであることを要するものというべきである。
(三) そこで、まず、原告らが、建築確認申請を受理されずその処分を留保されたまま、行政指導に任意に従う態度を示していたかについて検討する。
前記認定の事実経過に照らせば、原告太郎の行政指導についての理解を助けるべき立場にあるC建築士及びF建築士は本件土地について、南側公道を用いた場合に接道要件を充足するための法的根拠について検討、確認をせず、付近道路の法的位置付け等も十分調査しないまま、安易に建築計画を作成して行政指導に臨んでいる。そればかりでなく、なぜ被告の開発指導課が指導を行うのか、求められているB保育園の同意の内容が何であるかなど、被告の職員の行政指導の意味内容については十分に理解できていなかったのに、被告の職員に対し、明確に行政指導を拒否する意思表示をせず、また、詳細な説明を求めることもしないまま、相談の都度、被告の職員の指導に従い、現況測量図等の書類を用意したり計画案を作成したりしている。このように一級建築士で建築関係の専門家である者が、建築主の代理人として、単独又は建築主とともに来庁し、明確に行政指導の続行を拒否することをせず、特に詳細な説明を求めることもなく、任意に右のような行動をとっていたのである。
原告らは、被告の職員に対し、開発許可にかからない方法で行いたいと考えていると明確に伝えていたから、その指導を拒否する趣旨が伝達されていたはずである旨主張する。しかし、C建築士及びF建築士も、前記のように、被告の職員の指導に従って図面の作成や調査という業務を行い、特に排水の問題についてはF建築士自ら問題点を述べ、被告の職員に相談するなど積極的に行政指導を求めるような対応をし、また、原告太郎自身も、開発許可を要せずにやりたいとの希望は述べたものの、自らの代理人であるFらが被告の職員の助言、回答等に従って行動していることについて格別抗議することはなく、Fらに詳細な説明を求めたこともなく、Fらとともに来庁しても自らが納得できるまで指導の内容についてF建築士や被告の職員等に質問したり調査したりした事実もない。
右のような諸事情にかんがみれば、原告太郎の内心はともかく、少なくとも被告の職員に対しては、F建築士、C建築士及び原告太郎は、行政指導に任意に従う態度を明確に示していたといわざるを得ない。
(四) 次に、本件行政指導の経過において、原告らの建築計画が申請後の行政指導がなくても明らかに建築確認にまで至るものであったかについて見るに、原告らは、本件建物の建築計画は開発許可が不要なことが明白な場合であり、開発指導課に相談することを勧めることや開発指導課での開発許可を念頭に置いた指導は不必要であって、そのようなことをしなくても建築確認が当然可能であったと主張する。
しかし、前記認定の事実によれば、被告の職員は、都市計画法、建築基準法、宅地造成等規制法等の法規制にのっとり、建設省の通達に準拠した運用方法に従って行政指導を行っていたものである。ところが、本件建物の建築計画は、原告らの当初の計画案では建築基準法四二条所定の接道要件を充足しているか否かは非常に疑わしかったのであり、F建築士及びC建築士は、この点について問題のあることを一応は認識していながら、その解決案を当初から有していたわけではなく、広い公園等があって一見して明らかに建築基準法四三条一項ただし書の適用がある案件でもないところから、結局、行政指導の結果、原告らの救済策として右規定の適用が考えられた経緯がある。そうとすれば、接道要件の問題を解決するために、都市計画法上の道路を造ることは、本件建物の建築確認のために考えられる有力な方策の一つであり、右方策によって建築確認に至った可能性もあるから、本件建築計画は開発指導課の指導がなくても当然に建築確認に至ったとはいえない。
また、前記認定によれば、建設省の通達に準拠して行われていた被告の開発許可に関する事務の運用においては、登記簿上も固定資産課税上も宅地への地目変更を伴う本件のような場合には、開発行為に該当すると判断すべき可能性が非常に高かったと考えられる。また、一応の計画面積が五〇〇平方メートル未満ではあっても、広い一団の土地の一部についてのみ開発行為を行う場合には、近い将来更に開発行為が行われ、これにより、開発許可制度によって乱開発を防止し地域の計画的発展を図った法の趣旨を潜脱するのではないかとの疑いを持たれてもやむを得ないところであるから、被告の職員において、原告らの具体的な計画の全体や所有地全体の様子を知った上で開発許可制度の潜脱に当たるか否かを判断することが望ましいと判断したとしても、特異な取り扱いであるということはできない。そして、右のように本件土地付近が将来開発許可の必要となる可能性を生ずる土地であることを認識していた者が被告の職員の中にいたのであるから、通常の運用に従い、建築基準法施行規則所定の建築確認申請書添付の開発許可に関する書面の要否等について開発指導課に相談するように勧めることは、結果として開発許可が不要として取り扱われた経緯はあっても、不必要な指導であったとはいえず、行政指導がなくても建築確認に至った案件であるとは考え難いところである。
原告らは、自己居住用住宅について、鎌倉市開発事業指導要綱が適用除外の扱いをしている趣旨は、自己居住用住宅は開発行為とは判断しないからであるとして、本件のような自己居住用住宅に関しては開発行為にそもそも該当しないと主張するようである。しかし、鎌倉市開発指導要綱が自己居住用住宅を適用除外とした趣旨は証拠上明らかでなく、都市計画法、神奈川県条例等によれば、自己居住用住宅を適用除外とする扱いは見られず、開発指導課においてもそのような取り扱いをしてきた実績もないことにかんがみれば、右主張は原告ら独自の見解であって採用することはできない。
原告らは、建築指導課における接道要件についての指導は、本件建物の建築計画の当初から建築基準法四三条一項ただし書が適用できる計画であったから、不必要な指導であったと主張するが、前記認定のとおり、南側公道が建築基準法上の道路ではなく、C建築士及びF建築士もそのことを認識していたにもかかわらず、原告らは、南側公道を用いて接道要件を満たす法律上の根拠や計画案を持っていなかったのであり、右規定の適用も救済策としてされたのであるから、接道要件について、行政指導がなくても通常ならば当然に解決に至ったとはいえない。
次に、擁壁に関する指導について、原告らは、本件土地の既存擁壁の安全性には全く問題がなく、新たに擁壁を築造することは不要であったと主張する。しかし、前記認定のとおり、昭和六二年一一月二五日ころからF建築士自身、本件土地の擁壁は約二〇年前の古いものであること、付近の排水について修理が必要であることを認識し、昭和六三年七月には右擁壁部分のボーリング調査まで行い、上部擁壁について、裏込は泥岩でクラック、たわみ等があってやり直しの必要があると判断し、同年八月には宅地造成工事の許可申請に及んでいる。そして、本件土地は宅地造成工事規制区域内にあり、本件建物の計画敷地の周囲には崖面があって、建築物ががけ崩れ等の被害を受けるおそれがあり、その安全措置として、宅地造成等規制法施行令の技術水準を満たす擁壁の設置等をしなければならないところ、右崖面の既存擁壁の構造は間知石練積であり、右のように危険性があったのに何ら安全措置が採られていなかったため、上部擁壁については取り壊して新設することとしたのである。そうすると、結局、右擁壁については、F建築士の判断によっても、被告の職員の判断によっても、安全を確保し政令の技術水準を満たすために再築する必要があったといわざるを得ず、この点に関する行政指導が不必要であったとはいえない。
なお、擁壁新築の必要性について、原告らは、昭和六二年一一月三〇日に被告の職員が原告太郎及びF建築士に対して既存擁壁のやり直しの可能性を説明した旨の被告の内部文書(乙六)は、同日作成されたものではなく後に書かれたものであると主張する。しかし、証拠(甲四九、乙一五、証人F)によれば、昭和六二年一一月二五日から同年一一月三〇日までの間にF建築士が既存の擁壁部分の強度について検討し、右事項に関連して擁壁上部に手を加えることや排水の設備を修理することを考えていたことが認められるし、前記認定のとおり、昭和六三年には、ボーリング調査を行ったりした上で擁壁の一部新設を前提として排水設備を整備することで既存擁壁の残部の安全性を確保する旨報告していることにかんがみれば、乙六の記載の信用性に特段の疑問を差し挟む余地はない。
また、原告らは、擁壁工事に関する宅地造成の許可を受けた後、昭和六三年一〇月一一日に工事用車両の出入りのための水路一時占用許可申請書を提出したところ、必要もないのに渇水期まで待つように指導され、同年一一月にようやく擁壁工事に着工した旨主張するが、同年一〇月二六日に占用許可がされていることは前記認定のとおりであるから、右主張は採用の限りではない。
以上のとおり、原告らの本件建物の建築計画は、被告の職員による申請後の行政指導なくして通常の審査を経た場合に明らかに建築確認にまで至るものであったと断定することはできない。
(五) また、本件建築確認申請が行政指導により補正可能であると見られる場合であったかについて検討する。
F建築士及びC建築士は、前記のとおり、一級建築士で原告らの代理人として被告との折衝を委任された者であり、かつ、被告の職員において行政指導を行い、問題点を指摘すれば、自ら計画案や図面等を作成してきていた者でもあるから、法規制の趣旨・内容、被告の職員の行政指導の意味等を一応理解してこれを任意に受けているものであって、右代理人が提示した計画案を検討して問題点を指摘すれば、被告の職員は、右代理人からの自発的な計画変更案の提出があるものと期待することができ、行政指導により補正可能であると見られる場合であったと認めて妨げはない。
(六) 以上のような諸事情を考慮すると、本件は、当初の確認申請から建築確認まで一年五か月余の期間を経過しているが、原告ら関係者は行政指導に任意に従う態度を明確に示し、申請後の行政指導がなくても明らかに建築確認にまで至るものであったとはいえない反面、行政指導を行えば原告ら代理人との協力により補正して原告らの目的である建築確認に至る可能性があったのであるから、時間をかけて行政指導を行うことが原告らの利益となる可能性が高い案件であったといわなければならない。そして、接道要件の問題のみでなく、開発行為にも関連するなど問題が複雑であったこと、図面作成や調査等にある程度時間を要したこと、原告らは開発に関するB保育園の同意が得られるか否かをI不動産に依頼して交渉させたり、道路拡幅工事をする際に円滑に工事を進めるために原告らが希望して、同意を得ることが困難であることが判明してからも、あえてB保育園の同意を得ようと努力したりしていたことなども併せ考慮すれば、原告らの本件建築計画につき当初の確認申請から建築確認までに要した前記の期間は、被告の建築主事が建築主である原告らに対して譲歩・協力を求めるために社会通念上合理的と認められる期間というべきであるから、本件建築確認申請の不受理と確認申請に対する審査及び応答の留保が違法であるということはできない。
2 本件行政指導の必要性について
原告らは、本件建築確認申請の不受理後に被告の職員がした行政指導には必要性を欠く違法があった旨主張する。
行政指導は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為ではないが、事実上は指導を受ける相手方に何らかの不利益が生じ得ることは否定できない。しかし、そのような場合であっても、個々の案件に応じて、行政指導の目的あるいは必要性と、それによって相手方が被る事実上の不利益の程度を比較衡量し、当該行政指導による事実上の不利益を相手方に受忍させても、不正義ないし不公平であるとはいえず、社会的妥当性を失わないときは、当該行政指導を違法と目すべきものではない。本件においては、前記認定のように、開発行為に関しては、地目変更の理解、敷地の設定の方法、接道方法等によって開発許可の必要性が疑われ、接道要件に関しては、建築基準法四三条一項ただし書の適用が当然には導かれず、擁壁の築造による安全性の確保も必要であると考えられたのであり、また、それぞれ行政指導の経過においては、法規制にのっとり、建設省の通達に準拠した行政指導を行い、原告ら側の代理人は右行政指導に従うとの態度を示していたのである。そうすると、本件建築確認申請の不受理後に被告の職員がした行政指導は、それによって原告らに事実上の不利益を受忍させたとしても、不正義ないし不公平であって社会的妥当性を欠くものということはできないから、原告らの右主張は採用の限りではない。
3 所掌事務の範囲外であるとの主張について
原告らは、被告の開発指導課の職員が開発許可に関してした指導は、所掌事務の範囲を逸脱した違法であり、接道要件に関する指導も建築指導課の所掌事務であって、開発指導課のそれではないから、開発指導課の職員が接道要件に関する指導を行ったことは、所掌事務の範囲外の行為であると主張する。
行政指導は、行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するために行うものであり、行政指導に携わる者は、当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないことは、原告ら主張のとおりであるが(行政手続法二条六号、三二条一項参照)、本件において、開発許可に関する行政指導については、前記のように右指導が不必要であったとはいえないのであるから、開発指導課の職員の開発許可に関する指導が所掌事務の範囲外の指導であったとの原告らの主張は採用できない。
また、接道要件に関する指導について見るに、証拠(乙二七)によれば、鎌倉市役所係等設置及び事務分掌に関する規程において、建築部は、建築総務課、開発指導課、建築指導課及び営繕課の四課をもって構成し、開発指導課は、開発指導係及び審査係、建築指導課は、建築指導係、審査第一係及び審査第二係をもって構成する旨定め、建築指導課の所掌事務については、建築基準法に基づく各種申請の受付、決定通知の交付及び台帳の整備保管についての事項、建築相談についての事項等は建築指導係の、同法に基づく確認申請の受理、審査及び確認についての事項、建築主事のその他の事務についての事項等は審査第一係の、同法に基づく建築等許可についての事項、道路位置指定についての事項等は審査第二係の各分掌と定めていることが認められる。しかし、行政機関の内部において、一面で他の部局の所掌事務の範囲に属する事務であっても、他面で自己の部局の所掌事務の範囲に属する事務を行うことが所掌事務の範囲を逸脱するものでないことは当然であるし、一定の行政目的を達成するために、いくつかの部局の所掌事務の範囲に属する指導が必要とされ、各部局の指導がそれぞれ密接に関連している場合には、関係部局が相互に連絡を取りながら右事務に関しては一体となって指導を行うことも、所掌事務の範囲内の適法な行為というべきである。本件においては、建築基準法上の接道要件の問題を都市計画法上の道路を造ることによって解決することも一案として考えられ、一面においては開発指導課の所掌事務の範囲内に属し、解決方法のいかんでは、建築敷地の設定の仕方や面積とも密接に関わり、開発許可が必要となる場合も想定されたのであるから、本件建築計画の接道要件の問題の解決に当たっては、開発指導課と建築指導課が密接に連絡を取り合って指導をしていかなければ円滑に進めることはできなかったものと考えられる。また、証拠(乙二七)によれば、鎌倉市役所係等設置及び事務分掌に関する規程において、開発指導課の審査係の所掌事務として、開発行為及び宅地造成の許可等についての事務のほか、建築行為の許可についての事項も含まれていることが認められ、建設省が、都道府県知事に対し、開発許可に関する事務の処理に当たっては、都市計画法二九条の規定に適合していることが建築確認の要件となることに伴い、開発許可担当部局と建築確認担当部局が緊密な連絡体制を確立して的確に事務処理を図るよう特に留意すべき旨通達していたことは、前記認定のとおりである。こうした諸事情を併せ考えれば、被告の開発指導課において、ときに建築指導課と協議しながら、最終的には原告らの救済案を提案できるところまで行政指導を続けたことをとらえて、所掌事務の範囲を逸脱する違法な行政指導であったということはできないから、原告らの右主張は採用の限りではない。
五 本件土地の売買に先立つ被告の職員の回答に起因する違法について
1 原告らは、本件土地の売買に先立つ昭和六二年二月二〇日に、原告太郎が仲介業者であるI不動産のJ社長と同道して説明を求めた際、被告の建築指導課の職員が、住宅一戸なら本件土地上に問題なく建てられる旨回答したのに、その後、一転して、前記のように行政指導を繰り返して建築確認を遅らせたことは、信義則ないし禁反言の法理に反する違法な職務行為であると主張するので、この点について検討する。
原告らは、自己居住用建物を建築する目的で本件土地を買い受けることとし、その主張の昭和六二年二月二〇日に、原告太郎において、I不動産のJ社長と同道して被告の建築指導課に相談したことは、前記認定のとおりであり、証拠(甲五五、乙三〇、証人J、原告太郎本人)によれば、原告太郎は、右同日、建築指導課に赴いた際、同課の職員に対し、本件土地に住宅を建てることができるかどうかを尋ねたところ、居住用の建物一戸なら建てられる旨の回答を受けたこと、その際直接質問したJ社長は、建物の具体的な建築計画図面、敷地設定に関する資料等を全く用意しておらず、同課備付けの鎌倉市明細地図によって計画の概略を口頭で簡単に伝えたにすぎないこと、当時、同課窓口では、各種問い合せ等のための来訪者が列を成して順番待ちをしている状態であったので、J社長が質問をしたときも、後ろを気にしながらのせわしいやり取りとなり、質問と回答に要した時間はわずか数分程度であったことが認められ、これに反する甲六七、六九、七二は採用することができず、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかしながら、およそ建築確認等について建築指導課の職員に問い合せをする場合には、敷地予定の土地の形状、建築面積、建築物の大きさ等によって結論が異なってくることもあり得るから、具体的な計画及び資料を提示した上で、当該計画に限定した質問をするのでなければ正確な回答を得られず、抽象的、一般的あるいは条件付の仮定的な回答しか期待することができないことは当然であり、右認定事実に照らせば、被告の職員がJ社長に対して本件土地に居住用の建物一戸なら建てられる旨の回答をしたからといって、そもそも正確な回答を期待することは困難であったというほかはない。また、本件土地付近は都市計画法、建築基準法等各種法規制が問題となる可能性のある土地であり、敷地設定の仕方や周囲の土地所有者の同意の有無等によっては、居住用建物が建てられる場合もあれば、そうでない場合もあったのであるから、敷地設定方法も決らない段階では、建物を建てられるかとの質問に対する回答を断定的に得ることは難しいといわざるを得ない。そうすると、右のような状況下においてした被告の職員の口頭による回答は、抽象的、一般的あるいは条件付の仮定的な回答の域を出るものではなく、その後の行政指導がそれ自体不必要かつ違法なものといえないことは前示のとおりであるから、右回答が原告ら主張のような信義則ないし禁反言の法理に反する違法な職務行為であるということはできない。原告らの右主張は採用することができない。
2 原告らは、また、土地購入に関する質問に対する被告の職員の回答についての信頼は法的保護に値するから、この回答を信頼して土地を購入した後に様々な行政指導をして建築確認を遅らせたことは、信義則ないし禁反言の法理に反して許されない旨主張する。確かに、地方公共団体の施策の変更に伴い社会通念上看過することができない程度の積極的損害を受ける場合には、代償的措置のないまま右変更を行うことは、当事者間の信頼関係を破壊するものとして違法性を帯びる場合があることは、原告ら主張のとおりである。しかし、このように地方公共団体の施策の変更が違法性を帯びる場合とは、地方公共団体から特定の者に対して地方公共団体の施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘等があり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じ得る性質のものであるなど、当事者間に信頼関係が醸成されている場合であることが前提である。ところが、本件においては、前記のように、具体的計画も持たずに口頭で仲介の不動産業者が質問をし、それに口頭で結論のみ簡単に回答したものであって、原告らと被告との間に信頼関係が醸成されていたような場合であるとはいえないから、右主張は採用の限りではない。
六 不必要な杭打測量について
原告らは、平成元年三月ころまでの間に、E係長がH建設の建築設計士に対し不当な圧力をかけ、原告らが測量の専門家であるK観光に不必要な杭打測量を依頼せざるを得ないようにした旨主張し、原告太郎本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述部分もあるが、的確な裏付証拠を欠き、にわかに信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用することができない。
七 結び
以上のとおり、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官高野芳久 裁封官大石啓子)
別紙<省略>